クリスマスを祝うこの時、神が私たちと共におられること―「インマヌエル」を改めて思い起こします。2025年を振り返り、困難の中にあっても変わらず主が日本の教会と共におられることに励まされます。そのご臨在は、牧師たちが祈りで結ばれ、若いリーダーたちが信仰を胸に抱き、ビジネスパーソンが福音のための場を創り出し、教会開拓者たちが困難な環境で忍耐し続ける―こうした意味ある関係を通して輝いています。私たちが繰り返し目にするのは、イエスがご自身の教会を築き上げているという事実です。
昨年の父ティム・ケラーの病気治療の合間をぬって、私は1980年代から2000年代にかけて父がどのように福音を語ってきたのか聞いてみた。特に私は、父が清教徒派のジョナサン・エドワーズとオランダの新カルヴァン派から受けた影響について知りたかったのだ。父(以下、ケラー)は、自身の信仰形成の初期に、内面の敬虔さよりも人生全てに及ぼすキリスト教の効果を強調する新カルヴァン主義の解釈に出会ったそうだ。(カイパーやバヴィンクが経験的敬虔に関する著作を残していないという意味ではない。単に父がそれらに接する機会がなかっただけである)そのため彼は内面の敬虔さについて探求した英国のエドワーズ、ジョン・オーウェン、ピューリタン(清教徒)ら、改革派神学を個人的で経験的なモデルに落とし込んだような著作を読んだ。
人が創造されてまだ間もない頃、エバは美しい木に飾られた蛇の投稿を目にしました。その投稿のキャプションはこうです。「こんなに素晴らしいものが間違っているなんてあり得る? #本当に神がそう言ったの? #神は善なのか?」エバは気づかないうちに禁断の果実を食べ、それを夫に与えてしまいました。
あなたは自分の行動によって神の愛を感じる度合いが上下していると感じたことはありませんか? 誠実に祈り、よく奉仕し、力強い説教をした日には、安心感を覚えます——まるで神が微笑んで見守ってくれているかのようです。
しかし、罪に陥ったり、祈りを怠ったり、宣教の働きが果たせなかった日には、神から遠く離れていると感じ、恥じ入り、さらには自分には価値がないとさえ思うのです。
ある日本人牧師が宣教活動を始めたばかりの頃、来日したばかりの宣教師にこう聞かれました。「なぜ日本では多くの教会が、アメリカの1970〜80年代ごろの礼拝スタイルを2000年代になった今でもやっているのですか? 日本の文脈に合わせてこなかったのですか?」
そう聞かれてどう答えようか戸惑った牧師はその後、他教会の牧師先生や宣教師たちと交流するうちに、その疑問の答えにつながるようなもう一つの疑問に辿り着きました。
最近、成人した娘からこんなことをよく言われるようになりました。『お父さん、若い子たちはもうその言葉は使わないよ』。最初に聞いた時は、単純に『ああ、次世代の流行語があるのかあ』という程度に聞き流していました。でも何度も言われるうちに自分の持っている文化や考え方がもはや通用しなくなってきていることを実感するようになりました。自分としては多様な文化に興味があるし、旅行で異文化に触れることはもちろん、アニメ、漫画、ゲームなどのサブカルチャーや、音楽もさまざまなジャンルに触れてきたつもりです。ですが娘のコメントで若い世代に取り残されているという感覚を覚えたのです。これをミニストリーに当てはめてみると、どうでしょうか?
私がまだクリスチャンになったばかりの頃、私を導いてくれたのは賢い兄弟でした。フルタイムでミニストリーに携わり数十年、いくつかの厳しい教訓を学んだ彼は知り合ったばかりの頃、私にとてもいいアドバイスをくれました。「誰かクリスチャンのパートナーを決めたいなら、まずその人と『デート』してみてからだね」と。たとえクリスチャン同士でも、相手をよく知りもせずにすぐ協力関係をもとうとするのはあまり賢明でないと言いたかったのです。相手の性格、賜物、神学的視点、人生における状況、その他多くの要素が、私たちが他の個人とどのようにパートナーになるかを考えるときに重要なのだと。どれも私たちが配偶者を選ぶ(あるいは選んでもらう)前に考慮するような事柄です。
キリストに従う者として私たちは、衰退していく文化とその物語に対する単なる傍観者に過ぎないのでしょうか。それとも心だけでなく、私たちのコミュニティをも変革するような信仰の刷新、つまりリバイバル運動を起こすことができるのでしょうか? その鍵は、福音はただ個人にのみ響くメッセージではなく共同体の刷新をも促す、という事実にあります。本記事では、個人における福音による刷新が、どのように教会を活気づけ、その変革へとつながるかを考察します。
もし私が自分の経験を別の都市や国で再現しようとした場合、それはとても大きな過ちを犯すことになるでしょう。私たちの経験には、どうにもコントロールできない要素が数多くあったからです。現地のリーダーたちと出会ったタイミング、経済状況、政治情勢、当時の教会のニーズ、利用可能な資源など、さまざまな要因が絡み合っていました。そのすべては神によって導かれたものでした。例えば、2人の「シェルパ」と出会ったタイミングがもっと早かったり遅かったりしていたら、結果はまったく違ったものになっていたかもしれません。

教会員数15,000人の韓国教会の一人の牧師が頭を垂れ泣いた。数分後、その牧師は「教会を大きくする術は知っていたけれど、福音を育てる術を知らなかった。」と言った。