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クリスチャンがマイノリティになりつつある多様化する社会(あるいはクリスチャンがすでにマイノリティである社会)において、私たちのミニストリー活動の根底にある動機とは何でしょうか? そういった私たちの取り組みは、信仰者の個人的な成長のみに焦点を当てているのでしょうか、それとも都市や文化との有意義な関わりにまで及んでいるでしょうか?
ティモシー・ケラーによると、「センターチャーチの神学的ビジョンに基づいた教会は、統合的でバランスの取れた宣教の働きを目指」します。福音を統合的に理解するとは、個人の信仰を育むだけでなく、私たちが仕えるコミュニティの健全な発展に積極的に貢献するミニストリーを築く指針となります。
私たちのコミュニティに豊かに宿るみことば
使徒パウロは「キリストのことばが、あなたがたのうちに豊かに住むようにしなさい」(コロサイ3:16)と命じています。ここに、あらゆる統合的ミニストリーの第一歩となる本質的な要素があります。つまり、単なる知的訓練ではなく、神のみことばが私たちの共同体の基盤を形作るように聖書と深く関わる、ということです。
聖書に深く浸ると、霊的成長に不可欠な励ましと責任を互いに担い合う環境が育まれます。パウロは教会に対し、互いに教え戒め合うよう促しています。個人の霊性を超え、周囲の世界に影響を与えるような、共に生きる共同体へと歩むためです。ケラーが示したように「私たちは皆、神との関係を支配しようとする『兄』のような存在です。しかし福音の深い理解が私たちを解放する」のです。このような共同体は自己完結するのではなく、より広い文化の中にキリストの光を映し出します。
さらに、礼拝はこの取り組みの中心です。
聖書が私たちの心を満たすとき、集会は福音を伝える姿勢によって活気づけられている必要があります。福音がすべての人への良き知らせだと信じているなら、教会は礼拝を通じてそれを表現すべきです。それは信徒を築き上げると同時に、まだ求めている人々を引き寄せるものにならなければなりません。外部の人々がそういった私たちの礼拝を体験したなら、神の恵みに根ざした喜びを感じ、私たちの信仰について深く問い求めずにはいられなくなるはずです(コリント第一14:24-25)。
このような礼拝は、私たちの共同体が霊的なエリートのためのクラブ活動ではなく、真理と希望を渇望する者たちの命綱だと示すものなのです。
都市とのつながり
パウロは続けて、「ことばであれ行いであれ、何かをするときには…主イエスの名において」行動するよう教えています(コロサイ3:17)。個人的な礼拝から共同体の行動へのこの移行は、私たちの信仰が集会の中だけでなく、世界との関わりにおいても現れる必要があることを強調しています。福音に従うとは、私たちの共同体に配慮し、正義を擁護し、苦しみを和らげることです。
ケラーは、福音が私たちに信仰と社会的な関わりを統合するよう迫ると強調しています。彼はこう述べています。「成長を望む教会は、周囲の人々の必要に焦点を当てなければならない」。 旧約聖書において、神は民にこう命じられました。「わたしがあなたがたを引いて行かせた、その町の平安を求め、その町のために主に祈れ。その町の平安によって、あなたがたは平安を得ることになるのだから」(エレミヤ29:7)。私たちの使命は単なる霊的回心だけでなく、隣人への愛と奉仕といった具体的な表現にも見られます。教会はキリストご自身の使命を反映しなければなりません。キリストがもたらす救いは霊的領域と物理的領域の両方を含んでいるのです。
教会が恵みの重要性を理解するなら、貧しい者や社会的弱者を見過ごすわけにはいきません。つまり福音中心の教会は伝道に深く献身するだけでなく、社会正義にも取り組みます。この両立は緊張を生むため、伝道活動か社会正義活動かのどちらかに傾きがちです。しかし福音は、この二つが相互依存関係にあることを認識しつつ、両者ともに大切にすることを促します。活力に満ちた恵み指向の共同体は、自然と福音共有への熱意と、困窮者への思いやりの両方を示すでしょう。
文化的な刷新へのビジョン
使徒パウロは、生活のあらゆる側面で信仰を実践するよう私たちに強く求めてます(コロサイ3:17)。この包括的な視点は、私たちの仕事、趣味、日常の交流が、いかにキリストの愛と正義を反映できるかを考えるよう招きます。ケラーは、福音が私たちの文化との関わり方に影響を与え、仕事へのアプローチを変革する枠組みを提供しなければならないと指摘しています。
日本で多くのクリスチャンが自分の職業を霊的生活とは別物と見なしがちです。しかし福音は、職場における私たちの動機と倫理観を再構築します。全被造物に対する神の主権を深く理解すると、それは私たちの仕事が「管理すること(神から委ねられたものを管理し、守り育てる責任)」であり、教えること、創造すること、事業を進めることなどあらゆる働きにおいて神の栄光を反映する責任があることを認識させます。ケラーの「福音は文化を放棄するよう求めるのではなく、それを贖う」といった励ましは、この変革的なアプローチは卓越性をもって神を敬うだけでなく、福音の使命を推進するものだとも認識させます。
教会リーダーとして私たちは、信徒が信仰と仕事を統合できるよう支える必要があります。つまり、彼らが誠実さと知恵をもって職場で歩むための神学的教育を提供することです。福音中心の対話を促す共同体を育み、多様な世界観と関わりながらキリストの性質を反映する形で信仰を表現できるようにすることです。
統合された福音の使命
要約すると、コロサイ人への手紙3章16-17節は、神の言葉の豊かさが私たちの生活と交わりのあらゆる側面に影響を与えること、統合された奉仕の理解を受け入れるよう招いています。この真理を体現するとき、私たちは礼拝を通して神を賛美し、地域社会に思いやりをもって関わり、信仰と仕事を統合することで文化の刷新を推進するのです。
このビジョンは、私たちが世界に提示する福音にも影響を与えます。キリストとその贖いの御業のメッセージは、都市の福祉への御心(エレミヤ29:7)から切り離すことはできません。統合された宣教を追求する中で、私たちはこの美しい福音の現実、魂だけでなくコミュニティ全体を取り戻す良き知らせ、に自らを合わせます。
教会リーダーにとって、その責務は明らかです:私たちは統合的な宣教を育む環境を整えなければなりません。そのためには:
弟子訓練の道筋を構築する:信徒が聖書と向き合いながら、社会的・文化的に信仰を実践するよう促すプログラムを確立する。聖書本文だけでなく、現代社会の問題への適用を議論する小グループを設けることも含まれる。
奉仕の機会を創出する:会衆が実践的に奉仕できる地域イベントを定期的に開催する。会員が自ら行動を起こすよう促し、教会が地域における福音中心の活動の終着点ではなく、出発点であることを強調する。
職業におけるミニストリーの促進:信仰と仕事の関係を探るワークショップを実施する。信仰と職業生活を統合した経験を共有できる講師を招き、信徒が自身の仕事をミニストリーの延長と捉えるよう促す。
互いに影響を与え合える環境でこういった価値観を体現できるよう促し合いましょう。地域社会で変革の触媒となるには? 信仰を実践へと広げ、人生が福音の豊かさを反映させるには? こういった問いに向き合うことで、私たちは福音の核心——世界における和解と刷新の御業——により深く歩み寄ることができるでしょう。
その歩みを始めるにあたり、私たちの宣教が単なる信徒数の増加ではなく、恵みと愛と地域社会への献身における成長であることを心に留めましょう。神のみことばの豊かさを内に宿すとき、私たちは神の愛の器となり、またその義の使者となって、地域社会と周囲の世界を変革する者となるでしょう。共に、あらゆる行いにおいてキリストを映し出し、統合的な宣教を通して、主の栄光を表すのです。
著者:グレートリー・デイミアン Damian Grateley
