宣教へ押し出される説教

「自分も福音を伝えたい、何かそういう働きに関わってみたい」と聴衆が積極的に思う。そんな説教があるとしたらいったいどのようなものでしょうか。もし若い説教者が日曜礼拝は単に求道者向けの伝道イベントではなく福音を中心として語る場だと思うなら、この世界で失われている人に届きたい、仕えたいと教会全体が思うようになるためにどんな説教を語ればいいのでしょうか? 具体的な方法を挙げてみましょう。

シティカタリスト in 千葉

CTCJで「シティ・カタリスト」という言葉を初めて聞いた時、その意味が分からず、辞書で調べたほどでした。カタリストという言葉には「触媒」とか「変化・反応を促進させるもの」といった意味があります。それでなんとなく「シティ・カタリスト」のイメージはつかめてきましたが、具体的にはどんなことをするのか、その役割が分かりません。色々と考えていくうちに、同じ都市で活動している牧師たちと交流し教派を超えて協力し合うことかなと思いました。それぞれ神学的な理解の違いがあるので一緒に礼拝をするのは難しいかもしれません。でも福音を伝えるために一緒にイベントを開催したり、互いの問題や課題などを分かち合って、祈りあうことはできるんじゃないか、などと考えました。けれども、手始めに何をしたらよいか考えあぐねて、なかなか行動に移せませんでした。

私に潜む偶像

「そんなところに偶像?それが…?」

その発見は私の大きな助けとなりました。

沖縄で開拓されたアメリカ人教会のヴィジョンにより、沖縄の牧会者夫妻に学びの恵みが与えられました。ある日、偶像を探る学びがもたれ、「力・管理・快適・承認」の中に潜む、気づかずに良いものと思って培ってしまう偶像と出会い、ドキッとしました。

二つの教会開拓

2022年に佐賀バイブルチャーチとして始めた入江喜久雄、直美牧師夫妻はこれが2回目の教会開拓。27年前の福岡での教会開拓との違いや失敗から学んだことについて寄稿してくださいました。    

シティカタリスト in 大阪

日本はクリスチャン人口がわずかで、クリスチャンとして成長を阻むものも多く、教会や牧師の数も減少していると言われています。そこに住む私たちはこの状況を二つの視点からとらえることができます。一つは悲観的にとらえ落ち込んでしまう見方。もう一つは変えられた者としてもう一歩前に進み、あえてリスクを犯してでも変化を促すエージェントになる時期と前向きにとらえる見方。