なぜ教会を開拓するのか パート3

教会を開拓する理由 「キリスト教会全体が常に新しくされるために」

教会開拓と既存教会を刷新することのどちらかを選ぼうとするのは大きな間違いです。信じがたいかもしれませんが、都市での教会開拓はその地域の既存教会にも新しく活気を与え、キリスト教全体の刷新につながる最善の方法なのです。どうしてでしょう。

なぜ教会を開拓するのか パート2 

教会を開拓する理由 「大宣教命令に忠実に従いたいから」

以下の要素を見てみましょう。

1.新しい会衆には大体ある程度若い世代が集まります。古い会衆には伝統(礼拝時間、礼拝時間の長さ、感情的な応答の程度、説教のトピック、リーダーシップのスタイル、情緒的雰囲気、その他多くの小さな習慣)があります。教会を運営する影響力と経済力をもつような、前の世代から長く携わってきたリーダーの感性のようなものでしょう。そのような慣習をただ守り続けているだけでは若い世代に効果的に届くことはできません。

なぜ教会を開拓するのか パート1

積極的に新しい教会あるいは会衆を開拓し続けること、それは以下の目的のためには最も効果的な方法です。

  1. 都市にある「キリストのからだ」の成長がますます見られるようになる。

  2. 都市にある既存の教会が協力し、継続した刷新とリバイバルが経験できるようになる。

「かつて牧会した教会、参加する?しない?」

以上の質問、愚問でしょうか?

そもそも牧師や教会リーダーにとって、教会に行きにくなんていうことがあるのでしょうか。 

結局、かつてリーダーだったからこそ出席しにくいということなのでしょうか。

不思議なことに、そういうわけでもなさそうです。しかしかつて教会で熱心に活動していたけれど今はそこから遠のいているという人は結構います。あるいは礼拝に出席してはいても「かつてと同じではない」と言います。

なぜでしょう?

考えてみる価値はありそうです。

ルターがいなければバッハもいなかった

マルティン・ルターとヨハン・セバスティアン・バッハ、この二人は実際に会ったことはありません。彼らがドイツで生まれた時期は200年以上も離れているからです。でもルターがいなければバッハも存在しなかった、と思うのです。